刺身を食べた夜の激痛——アニサキスは、胃カメラで取れば終わる
サバの刺身を食べたその日の夜、みぞおちがキリキリと痛み出し、やがて脂汗がにじむほどの激痛になる。市販の胃薬を飲んでも、まったく効かない。
——それは、アニサキスかもしれない。
胃カメラを入れると、胃の壁に白い糸のような虫が半分もぐり込み、うねっていることがある。これを鉗子でそっとつまみ出す。すると、あれほどの激痛が嘘のように引いていく。消化器内科医にとって、アニサキスの摘出は珍しい処置ではない。
この記事でわかること
・アニサキス症の症状と、なぜあれほど痛いのか
・薬では治らず、胃カメラで虫を取るのが最も確実な理由
・わさびや酢では防げない、本当に有効な予防法
アニサキスとは何か
アニサキスは、サバ・アジ・イワシ・サンマ・カツオ・サケ・イカなどに寄生する、体長2〜3センチほどの白い糸状の寄生虫(線虫)だ。本来は魚の内臓に潜んでいるが、魚が死んで時間が経つと、内臓から筋肉(身の部分)へと移動してくる。
この虫がいる魚を生、または加熱・冷凍が不十分な状態で食べると、虫が胃や腸の壁に食いついて症状を引き起こす。これがアニサキス症だ。厚生労働省の統計でも、アニサキスは食中毒の原因として近年もっとも報告件数が多いものの一つになっている。
なぜ、あれほど痛いのか
胃アニサキス症の痛みは、しばしば「のたうち回るほど」と表現される。これには2つの要素がある。
一つは、虫が胃の壁に物理的に食いつく刺激。もう一つは、虫に対する体のアレルギー的な反応で、胃の壁がむくみ、激しい痛みを生むと考えられている。実はこのアレルギー様反応の関与が大きいと考えられており、だからこそ、虫が小さいわりに症状が激烈になる。
症状が出るのは、食べてから数時間〜十数時間後が多い。「夕食の刺身のあと、夜中に七転八倒して救急へ」というのは、まさに典型的な経過だ。
3つのタイプがある
①胃アニサキス症(最も多い)
虫が胃の壁に刺入するタイプ。食後数時間でみぞおちの激痛・吐き気・嘔吐が出る。アニサキス症の大半がこれだ。
②腸アニサキス症
虫が腸まで達して刺入するタイプ。食後半日〜数日でおへその周りや下腹部が痛む。頻度は低いが、まれに腸閉塞や腹膜炎を起こすことがある。
③アニサキスアレルギー
アニサキスに対するアレルギー反応として、蕁麻疹や、重い場合はアナフィラキシーを起こすタイプ。これは虫が生きていなくても、加熱調理された魚でも起こりうるのがやっかいな点だ。魚を食べて繰り返し蕁麻疹が出る人は、一度アレルギーの検査を検討したほうがいい。
みぞおちの激痛はさまざまな原因で起こるが、「刺身や寿司を食べた数時間後」という時間経過があれば、アニサキスを強く疑う手がかりになる。
外来でよくある誤解:「正露丸を飲めば治る」
「アニサキスには正露丸が効く」という話を聞いたことがある人もいるだろう。試験管内(in vitro)で虫の動きを抑えるという報告はあるが、臨床的な有効性は確立しておらず、現時点で「正露丸を飲めば治る」と言える段階ではない。市販の胃薬や痛み止めも、根本的な解決にはならない。
胃アニサキス症の確実な治療は、胃の壁に食いついている虫を物理的に取り除くこと、ただ一つだ。薬で痛みをごまかしているうちに、本来すぐ取れる虫を放置することになりかねない。激しい痛みがあるなら、自己判断で様子を見ず、受診してほしい。
治療は「胃カメラで虫を取る」のが最も確実
胃アニサキス症の治療は、胃カメラ(上部消化管内視鏡)で虫を確認し、鉗子でつまみ出すことだ。これが確定診断であり、同時に根本治療になる。
虫を取り除くと、あれほどの痛みが速やかに引いていくことが多い。原因そのものを物理的に取り除くのだから、当然といえば当然だ。胃カメラに不安がある人もいるが、アニサキスの場合は「検査が即治療になる」ため、受けるメリットは大きい。
なお、アニサキスは人の体内では長く生きられず、数日のうちに自然に死んで症状が治まることもある。ただし、それまで激しい痛みが続くため、実際には我慢せず内視鏡で取り除くのが一般的だ。
一方、腸アニサキス症はCTで腸管のむくみや腹水が手がかりになることがあり、虫まで内視鏡が届きにくいため、点滴などの対症療法をしながら自然に軽快するのを待つことが多い。多くは時間とともに改善するが、腹痛が強い場合は入院が必要になることもある。
わさびや酢では死なない——本当に有効な予防法
ここが一番の誤解ポイントだ。アニサキスは、わさび・酢・しょうゆ・塩では死なない。「しめサバは酢で締めているから安全」というのも誤りで、酢では虫は死なない。
本当に有効なのは、次の2つだ。
・加熱:70℃以上、または60℃なら1分の加熱で死滅する
・冷凍:-20℃で24時間以上の冷凍で死滅する(業務用では-35℃で15時間以上など、より短時間の基準もある)
加えて、次の点も予防につながる。
・魚を新鮮なうちに内臓を取り除き、低温で保存する(内臓から身への移動を防ぐ)
・食べる前に、白い糸状の虫がいないか目で確認する
・よく噛んで食べる(確実ではないが、噛み切れば虫が死ぬこともある)
「新鮮だから安全」と思われがちだが、アニサキスに関しては鮮度と安全性は別の話だ。むしろ大事なのは、しっかり冷凍・加熱されているかどうかだ。なお、アニサキス症は寄生虫による食中毒であり、細菌やウイルスによる食中毒とは原因も対処も異なる。
受診すべきサイン
次のような場合は、消化器内科や救急を受診してほしい。
・刺身・寿司・しめサバなどを食べた数時間後に、強いみぞおちの痛みが出た
・痛みでじっとしていられない
・痛みに吐き気・嘔吐を伴う
・市販の胃薬を飲んでも改善しない
・魚を食べた後に蕁麻疹や息苦しさが出た(アレルギーの可能性。とくに呼吸が苦しい場合はすぐ救急へ)
受診の際は、「いつ・何の魚を食べたか」を伝えると診断がスムーズになる。可能なら、食べたものを覚えておいてほしい。
いずれにせよ、アニサキスは「薬で様子を見る病気ではない」。これが最も大事な点だ。
よくある質問
Q. アニサキスは人から人にうつりますか?
A. うつらない。アニサキスは魚介類を介して感染するもので、人の体内では成虫になれず、人から人へ感染することはない。
Q. 虫を飲み込んでしまっても、胃酸で溶けませんか?
A. 胃酸では死なない。アニサキスは胃酸に強く、生きたまま胃の壁に食いつく。だからこそ症状が出る。胃酸で溶けることを期待して様子を見るのは避けてほしい。
Q. 一度アニサキスになると、また繰り返しますか?
A. 免疫がついて二度とかからない、ということはない。アニサキスのいる魚を生で食べれば、何度でも起こりうる。とくにアニサキスアレルギーがある人は、魚介の摂取そのものに注意が必要になることがあるため、専門医に相談してほしい。
まとめ
サバや刺身を食べた数時間後の激しいみぞおちの痛みは、アニサキス症かもしれない。薬では治らず、胃カメラで虫を取り除くのが確実な治療になる。わさびや酢では予防できず、有効なのは加熱と冷凍だけだ。「新鮮なら安全」という思い込みを捨てて、激痛が出たら我慢せず受診してほしい。胃カメラで虫を取れば、あの痛みは終わる。
参考
・厚生労働省 アニサキスによる食中毒を予防しましょう
・日本消化器内視鏡学会 関連資料
・農林水産省 関連資料
※本記事は一般的な情報提供であり、個別の診断・治療方針は主治医にご相談ください。
最終更新:2026年7月
